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日記だとか文学音楽に関してだとか創作物の断片だとかです。
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断片
こちらも、PCの奥から引っ張り出してきた文章です。某お気に入りサイトの文章をぼんやりと見ていて存在をふと思い出し、発掘してみました。
おそらく、初めてラットを解剖したときに殴り書いたものだと思われます。ちょっと手直しして一部を載せます。結論じみたものは何もありません。動物の解剖の描写が少しだけ出てきます。

   ***

 「だってこの世の中に生きていて、そんな静かな小さな死の集積から目をそむけることができると思う? 自分の体調が悪いときには当然のように薬を飲みながら、それらの薬を開発するために生産され殺されつづけるすさまじい数の実験動物たちについて考えないなんて、わたしにはできない。このゆがんだ世界の絶望的な現状を、どこか自分の知らない場所に押し付けて安穏としている、そんな風に生きていたくはないの。この世界が歪んでいるなら、わたしはその歪みを、少しでもわたし自身のところに引き寄せて考えたい。一体どこがどんなふうに歪んでいるのかを、そして、それらが何故歪んでしまったのかを、わたしたちはどうすれば良いのかを、考え続けたいの」
 彼女はいつも、「動物」ではなく「動物たち」と言った。深い意味はなかったのかもしれない。

「わたしは、世の中で起こっていることのどのことについても、ひとごとだとは思いたくない」
 ねずみ(SDラット、という名前なのだそうだ)を手早く解剖しながら彼女は僕に言う。ねずみの目は赤く、毛はとても白い。しっぽは太くしっかりとしていて、ねずみの体長と同じくらいの長さだ。もちろん彼女の視線は常に、僕ではなくねずみの上にある。

 「わたしは、『当事者』になりたいの。どこかで確かに起こっていることなら、そしてわたしがその殺戮を利用せずに生きていられないのならば、わたしはこの手で実際に、そんな殺戮を体験せずにはいられなかった」 
 彼女は静かに話し続ける。一方でその手は止まることなく解剖を続ける。

 初めて動物の解剖というものを見た僕にはとても信じられないことだが、彼女の手は、やわらかく盛り上がるねずみの腹の上や、複雑に絡み合う臓器の上で、まったく迷う事が無い。惚れ惚れする動きだ。次で5匹目。
 麻酔され暖かく脱力しているねずみを手早く台に固定し、腹をアルコール消毒してすぐにはさみを入れる。皮の下にある腹筋を開き、どろりと広がる赤黒い臓器たちを脇に押しやると現れるのが大動脈だ。出血させないよう注意深く血管壁に針を刺し(きっと僕の知らない細かな注意事項がたくさんあるのだろう)、血液を採取する。続いて各臓器が採取されていく。心臓、腎臓、肝臓、脾臓、消化管、エトセトラ、エトセトラ。つるつるとした臓器が、決まった順にシャーレの上に載せられていく。最後に彼女ははさみでねずみの首を一思いに切断し、頭蓋を開いて眼球と脳を摘出する。やわらかい脳を傷つけないよう注意深く薄い骨をはがしていくその作業は、日常生活において僕が行うどんな作業よりも繊細なものに見える。

 そんなふうに一匹のねずみが、あっといういまにいくつかの臓器と血液と肉片となった。シャーレの上に置かれた臓器はどれも小さくつややかに光っている。それらは既に本体から切り離されてただの肉片となっているにも関わらず、生の象徴みたいにも見える。それらはついさっきまで、確かに生きたねずみのなかで、生の大切な役割を担っていたものだ。
 一方で、臓器を失った本体(皮、というのだろうか)は、既に小さく乾いて青白い。毛並みは解剖の間、ほんの数分ほどで、完全にそのつやを失ってしまった。

 生の本質の場所、と僕は思った。ねずみが生きているあいだは、生の本質がどこにあるかなど、考えもしなかった。しかし僕は、確実にそのねずみの「生」を感じることができた。僕はねずみを見る。ねずみはもぞもぞと餌をほおばっている。または、うとうととまどろんでいる(夜行性なのだ)。僕はねずみを抱きあげる。なめらかな手触りと温かみと、手からどこかへ逃げ出そうとする筋肉の動きと、規則正しい鼓動が僕の手に伝わる。そんな小さなことがらの積み重ねで、僕はそのねずみが生きていると判断する。僕の手や、目や、耳が、その生を確認する。

 しかしそのねずみの生はいまや、この世のどこにも存在していない。僕の手が覚えている毛のつやと手触り。あたたかみとやわらかさ。小刻みに動く口元。餌を持つ小さな手。そして今、目の前に整然と並べられた臓器たち。青白いねずみの皮。いくつかのイメージが僕の頭をよぎり、めまいに似た感覚を残していく。そして少しの疲労感。

 そのイメージを振り払おうと頭を軽く振り、意識を別のものにそらすことを考える。ねずみには気の毒だが、僕にとってはまだ世の中はそこまで捨てたものではないのだ。少なくとも、僕はこうして生きているし、彼女も生きている。楽しい時には一緒に笑うことができるし、悲しい時には寄り添って少しでも何かを分かち合うことができるし、夜には服を脱いで抱き合い温かみを感じあうことができる。
 服の下の彼女の身体はとても素敵だ。白静かな解剖室の中で、彼女の身体に手を置いたときの感触、彼女の暖かさ、つるりとした肌を僕は思い浮かべる。そして、その美しい肌の下に含まれるのであろうさまざまなかたちをした臓器についても。
 彼女の肌はなめらかで、少し湿っていて暖かい。僕はその肌に唇をつけることを思う。彼女の肌のにおいを鼻で味わうことを思う。

 僕がそんなことをぼんやりと考えている間も、彼女の手は止まることはない。言いたいことは言い終わってしまったのだろうか、彼女は既に話すのをやめている。採取した臓器を入れたシャーレを置くかたりという音だけがあたりに時折響く。とても静かで清潔な部屋。とても静かで清潔な死。整然と並べられた小さな肉片たち。完全な素人の僕にも分かる。それは確かにプロの仕事だ。

  ***

「僕」が何故解剖を見学することになったのか、という経緯の部分や終わりの部分もあったのですが、あんまり意味が無いのでカットしました。というか全然面白くないし。

以下、「彼女」のせりふへの雑感。
転がり出した歯車を止めるのは難しい。いまや世界はあまりに大きく、あまりに複雑だ。何だか分からないけれど力強く存在する大きな流れ、そんなものの真ん中で身動きが取れずにどこか訳の分からない場所へ流されている、そんな印象を捨てることが出来ない。それはおそらく事実のある側面をあらわしているのだろうと思う。

わたしの手の中でぐったりとし、彼女自身(初めて解剖したのはメスのSDラットだった)とはまったく無関係なもののために、日の光を一度も見ることの無いまま今まさに殺され行こうとしているねずみの赤い目は、そんな訳の分からなさや大きさや複雑さを象徴しているように思えた。わたしの知らないところで、わたしの知らない理由で苦しんでいるひとびとやものたち。わたしはその誰をも何をも理解できないままに死ぬのかもしれない。わたしが今生きている、わたしの知らない世界。想像力が悲鳴を上げる。頼るべき判断基準が不明瞭になる。自分がこれまで何に頼ってきたのかさえ分からなくなる。
他者の「生」を利用することの何が悪いの? だってわたしもあなたも牛や豚を食べる。そうでしょう? そんな風に言い切って、ものごとを単純化したくなる。しかしそこにある違和感がわたしを押し止める。わたしは「理解」したいのだ。
 
では複雑なまま、あるがままに、全体を飲み込むことはできるだろうか? しかしやはり大きすぎる。なにより、わたしには、「わたしにできること」すらまだ把握できてないのだ。

ともあれ、「自分にできないこと」を数えることで疲労してしまってはどうしようもない。常に意識の根底にある「無力感」は、わたしの武器となるはずだ。そう信じるしかない。理論だとかなんだかは知らない。常に自分に課す最低限のものは、「いろいろなものを見て、感じること」。そう信じるしかない。

  ***

理不尽なもの理不尽じゃないもの、意味のあるもの無いもの(その判断基準だっておそらく誰かの個人的な感情以上のなにものでもないのだろう)、数え切れない生と死とよろこびと悲しみを背負って地球は今日もまわっている。いやほんと、大変だと思うよ。できることなら代わってあげたいよ(嘘)。ご苦労様です。
| なつき | 思ったこと | 20:54 | comments(2) | trackbacks(0) |
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そういえば、私も中2の時ハツカネズミの解剖やって、解剖されなかった余りのネズミを先生から2匹もらって家で飼ったのを思い出しました!(そして母に世話を押し付けた←無責任)
オカンが「ねず1」「ねず2」と名づけ、「ねず1」には時々サインペンでマークを入れてたなあ。「1週間くらいで消えちゃうのよね」とか言いながら。
で、最後にはめんどくさくなったらしく「ねず達」とコンビ名で呼んでおりましたわ。
| うきふね | 2005/12/31 9:09 PM |
うわぁいいなぁペット! ペットといえば金魚だったわたしからすると超羨ましいのです。ペット。でも「ねず1」「ねず2」でサインペンて、実験動物並の扱い…いえ、なんでもないです。愛があればいいんです。サインペンでも。 

中学生でハツカネズミの解剖って結構すごいですよね。必修でないはずなので、結構思い切った先生だと思われます。哺乳類だし、蛙よりもずっと可愛いし(酷)。ちなみに最近のお子様たちは、解剖を魚で行って後で食べるってどこかに書いてありました。ほへー。
| なつき | 2006/01/02 5:10 PM |









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