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日記だとか文学音楽に関してだとか創作物の断片だとかです。
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日記/いまさらながら、池田晶子の死を知る。
古本でなく新品が良いと言った舌の根も乾かぬうちに、渋谷のブックオフへ行く。近所にブックオフが無いこともあり、一度行ってみたいと思っていたものの、何故かこれまで足を踏み入れたことが無かった。渋谷のブックファーストなら良く行くのだけれど。

そこでまず思ったのは、「広い」。広すぎる。しかも古着まで売ってる(地下一階)。なんだか広すぎて、本やCDがありすぎて、自分が何を探しているのか良く分からなくなってしまった。可能な滞在時間が30分だったため、よりそう感じたのだろう。

とりあえず、いつか読みたいいつか欲しいと長らく呪文のように唱えていた(暫くは読めないだろうけど)「アンナ・カレーニナ」は(上)しかなく、「同じ版の(下)が手に入らなかったらどうするんだ!」と憤りつつあきらめる。残念。結局、サガン「悲しみよこんにちは」、ヘッセ「春の風」、「石川啄木詩集」(以上古典強化月間)、そして105円コーナーで松浦理英子が何冊も並んでいるのを発見し「セバスチャン」「親指Pの修行時代(上)(下)」を購入。これだけ買って840円。改めてブックオフのすごさを思い知る。お金が減らないよ!

帰宅後、しばらく休んでから近所の本屋へ。

わたしはふだん、雑誌というものをほとんど買わない。かさばるし、なんだか保存性に優れていないような気がして、どうも敬遠してしまう。でも、ECひろしさんの11/13の記事で、東京人12月増刊が「太宰治特集」であることを知って、とても欲しくなってしまったのだ。なんだか最近ちょっと太宰づいていることもあるし、よし買おう、そう思って散歩がてら近所の本屋二軒をまわった。が、どちらも置いてなかった。

仕方ないので、携帯音楽プレイヤー(ipodではないのでこのような長い呼び名に!)でアルトゥール・グリュミオー演奏のバッハを聴きながら、やっぱバッハのヴァイオリンコンチェルトは1番が一番好きだなー、などとぼんやり考えつつ、ふらふら新刊コーナーを見る。

すると、とても目立つ所に池田晶子の本が平積みしてあった。おお、また出してるよ精力的だーと手にとってみる。その本(『人生は愉快だ』とある)にかけられた帯に印刷された彼女の笑顔は、なかなか素敵だった。とてもリラックスしているように見える。「おー晶子ちゃん良い顔してるじゃないー」と思い見ていると、まさにその帯に、でかでかと「死んでからでも本は出る」の文字が。え? またまたー。どういう意味ー? と思い、でも少しどきどきしながら著者の略歴を見ると……一年以上前に亡くなってる……。47歳で、とのこと。びっくりした。もうびっくりした。2回言うくらいびっくりした(3回目)。

わたしが最後に池田晶子の本を読んだのはもう10年くらいも前で、そのとき彼女は30代後半だった。それ以来彼女の本を読む機会は無く、だからわたしの中では当時の印象のまま、池田さんは30代後半なのだ。新進気鋭、とは違うけれど(詳しくは無いが、当時すでにかなりの仕事をされていた印象)、まだまだ若い、そして将来的にもっとたくさんの文章を残すであろう文筆家。そんなイメージをずっと持っていたので、ほんとうにびっくりした(4回目)。

池田晶子の文章について語るには、彼女が「女」である、というファクターが欠かせないように思う(無論わたしについても同じことがいえる)。女という性(セックスまたはジェンダー)であることと男という性であること。このことについてその10年くらい前当時、某氏(男性)と良く話をしたことを覚えている。そしてわたしはとことん池田さんの味方をしたような気がする。だってわたしたち女の子だもん。自分の信じた道を突っ走ることの何が悪いのよ。大雑把に言えば、そういうような意見を以って。あっはっは。

「死」は、一概に終わりであるとは言えない、かもしれない。でも、やっぱり、残念です。

JUGEMテーマ:読書
| なつき | 雑記 | 22:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
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