julyjuly

日記だとか文学音楽に関してだとか創作物の断片だとかです。
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メモ・弱さについて
 「本当の弱さについてあなたが何を知っているというの? あなたに弱いものを軽蔑する権利も何も無いわ。」そう言う彼女はほとんど泣き出しそうに見えた。軽蔑などしていないと弁明するわたしの言葉に聞く耳を持たない。

 「わたしの父と母は二人で暮らしていたの。父は足が悪くて寝たきりになっていて、わたしが嫁いでからはそんな父を母は一人で介護していたわ。去年、あれだけたくさんの雨が降るまでは。

 雨は全てのものを流し壊した。水量も水の勢いも圧倒的だった。後に残ったのは、肩まで水に浸かって汚れ使い物にならなくなった家だけだった。

 父と母は濁流に襲われたその家の中にいたの。水が来たのがあまりにもいきなりのことだったから、助けも間に合わなかったのね。徐々に床の上に水が入ってきて、母は必死で父を布団から連れ出した。でも母の腕力ではとても、水を避けて父を二階まで連れて行くことなんてできなかった。何とか居間のちゃぶ台の上へ持ち上げるのが精一杯だったわ。そして母はそのまま父を抱えて動けなくなった。まもなく父の胸へ、顎へ、口元へ水が迫ってきて……そのまま父はあっさりと溺れ死んだ。自分が汗水たらしてローンを払い続け、30年も住み続けた、ちっぽけな片田舎の家の居間で。母の腕の中で。彼はあっさりと死んだのよ。ほんの数十センチの水から、立ち上がって逃げることができずに。そして母は、ほんの数十センチ、父を引き上げてやることができなかった。

 あなたにそのときのわたしの父の気持ちが想像できる? 立って歩くことさえできれば逃げることができる、それが、ただそれだけのことができずに死んでいかなければならなかったわたしの父の気持ちが。みんなは当然逃げることができる、その中でただ一人、どうしようもなく自分の死を見つめながら死んでいかざるを得なかった父の気持ちが。そして、そんな父の死をただ茫然と見ているしかできなかったわたしの母の気持ちが。

 母はその後、ほとんど口をきかなくなったわ。そして呆けて、ある日突然倒れて逝ってしまった。あっさりとしたものだったわ。もうこの世に用はないと言わんばかりの死に方だった」

 彼女はわたしの眼をきつくにらみつけ言い放った。

「それが弱さについてわたしが知ってる全てよ。」

 あのときの彼女に、一体誰が何かを言えただろう?

   ***

「死ぬ気になれば、なんでもできる」なんて、幸運で強い人間の傲慢だ、と思うわたしはではいったいなんなのでしょうか。
| なつき | 断片 | 23:25 | comments(2) | trackbacks(0) |
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なんだろう、心が洗われた気がした。
荒んだ自分に気づかされた。
| れん | 2008/08/21 4:10 AM |
なんだろう、嬉しいです。
| なつき | 2008/10/22 12:20 PM |









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