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日記だとか文学音楽に関してだとか創作物の断片だとかです。
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存在の耐えられない軽さと重さ
 その日テレザが牛舎から帰ってくると、通りから声が聞こえた。近づいてみると、トマーシュのトラックが見えた。トマーシュは身をかがめて、車輪をはずしていた。何人かの若者がまわりに立ち、ただそれを眺め、トマーシュが修理を終えるのを待っていた。
 テレザは立ったまま、その光景から目を離すことができなかった。トマーシュは年とったように見えた。髪は白くなっており、見てとれた不器用さは、運転手になった医者の不器用さでなく、もう若くない人間の不器用さであった。

 (中略)

 テレザは車のまわりの人に見つけられないように木の幹の後ろにかくれたが、トマーシュを見ながら、彼女の心は自責の念でしめつけられた。彼女のためにチューリッヒからプラハへ戻ったのだ。彼女のためにプラハを離れたのだ。そして、ここでさえも彼を苦しめつづけ、瀕死のカレーニンの前でさえ、彼女は密かにトマーシュを疑って悩ませていたのだと。
 テレザはいつも心の中で、彼女をちゃんと愛してないとトマーシュのことを非難した。自分の愛は非の打ちどころのないものとみなしながら、彼の愛は単なる優しさとみなした。
 今になって公平でなかったことが分かった。もし本当にトマーシュを大きな愛で愛していたら、彼と外国にとどまるべきであっただろう! そこでならトマーシュは満足できたし、あそこでならトマーシュの前に新しい世界が広がった!(中略)彼女はなんとずる賢いことができたのであろう! 彼女を愛しているかどうか何度も何度も試すかのように彼を呼び寄せとうとう今こんなところにいるようになり、彼は髪が灰色になり、疲れ切り、手はもう二度とメスをとることもできないほどこわばっていた。
 もうここからはどこへも出て行くことのできないところに二人はいた。ここからどこへ行くことができようか? 外国へはもう出て行くことを許されない。プラハへもどる道はもう見つからず、そこでは誰も二人に仕事を与えることはない。他の村へ行くには、何の理由も無かった。
 神よ、トマーシュが彼女を愛していると、テレザが信ずるためにここまで来る必要が本当にあったのであろうか?

(中略)

 テレザは家に行き、水を浴槽に入れた。お湯につかりながら、自分にいってきかせた。これまでずっとトマーシュに対し自分の弱みを悪用してきたんだわ。私たちはみんな力を罪とみなし、弱さを罪無き犠牲とみなす傾向がある。しかし、テレザは今自分で意識したが、二人の場合は逆である! 女の夢さえも、その強い男のたった一つの弱みを知っているかのように、彼にテレザの苦しみを展開して見せ、無理やりに田舎に引っ込むように仕向けた。彼女の弱さは攻撃的で、彼を絶えざる降伏へと強制し、最後には強くあることを止めさせ、彼女の腕の中の野兎に姿を変えさせたのである。

(中略)

 テレザは踊りながらトマーシュにいった。「トマーシュ、あなたの人生で出会った不運はみんな私のせいなの。私のせいで、あなたはこんなところまで来てしまったの。こんな低いところに。これ以上行けない低いところに。」
 トマーシュはいった。「気でも狂ったのかい? どんな低いところについて話しているんだい?」
「もしチューリッヒに残っていたら、患者の手術ができたのに」
「そして、お前は写真が取れたね」

(中略)

「テレザ」と、トマーシュは言った。「僕がここで幸福なことに気がつかないのかい?」
「あなたの使命は手術をすることよ」
「テレザ、使命なんてばかげているよ。僕には何の使命もない。誰も使命なんてものは持ってないよ。お前が使命を持っていなくて、自由だと知って、とても気分が軽くなったよ。
 彼の正直な声を疑う理由はなかった。今日の午後の光景がふたたび思い浮かんだ。トマーシュがトラックを直すのを見た。そしてテレザには彼が年を取ったように見えた。行きたいと思っていたところに来た。だって、年を取って欲しいと思っていたのだから。ふたたび自分の子供部屋で顔に押し付けた野兎のことを思い出した。
 野兎になるこってことは何を意味しているのであろうか? それはあらゆる力を失うことを意味する。それは誰もが誰に対しても力を持たないことを意味する。(中略)
今、同じように奇妙な幸福を味わい、あの時と同じような奇妙な悲しみを味わった。その悲しみは、われわれが最後の駅にいることを意味した。その幸福はわれわれが一緒にいることを意味した。悲しみは形態であり、幸福は内容であった。幸福が悲しみの空間をも満たした。
            「存在の耐えられない軽さ」ミラン・クンデラ 千野栄一訳


大きな悲しみと大きな喜びと大きな何か。時間が無いので詳細は後日。
| なつき | 読書 | 23:56 | comments(2) | trackbacks(0) |
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映画も是非観てください。お勧めです。(大分古いけど)
| KB | 2007/07/02 12:01 AM |
映画、あるんですね! 検索してみましたが、ぜひ観たい……。今度借りてみて感想アップしますね。
| なつき | 2007/07/04 9:30 PM |









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