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英語論文講義
オジさん−−−(前略)過去の遺産というものは、自分の力で考え経験の中で一つ一つ確かめていかないと形骸化する。(中略)普段は形骸化した形式や伝統に文句を言っていながら、自分ではそれを本来の姿に保つ努力をしないなんてのは話にならん。サトがその一人だというつもりは毛頭ないが、今言ったことが過去の遺産を受け止める在り方なら、近代の思想だって宗教だって自分で一つ一つ確かめていくべきだ。
 現在の風潮はもう近代の思想なんて振り捨て新たな基礎に立って歩いているようでもある。この風潮がいいかどうかは別として、基礎的なところから考えるということ自体はいってみれば当たり前のことだ。そして、後世に生まれているんだから、改めて考える範囲が広くなるのもまた当たり前のことだ。そうなったとき、人間を改めて生物として見るところから考え直さなきゃいけないということもまた当たり前のことになる。もう少し一般的に言うならば、生命の存在をその存在条件全般との関係で捉える必要があること自体が当たり前のことなのだ。だったら、宗教のことも自分のことも、その広い視野の中で戻れるだけ根本に戻って論述するのが当たり前だ。

☆「科学と宗教」との関係を実際に生きた人間としての川田氏
オジさん−−−(前略)彼(人類学者であった川田氏)がどうして人類学者になったのかはわからないのだが、自分の関心に惹かれるがままに活動するうちに気づいたときには人類学者になっていたのかもしれない。関心を惹いたものが人類学でなければ明らかにできなかったから人類学者になったのかもしれない。学者や研究者になった人には、そんなふうにして専門の道に入った人が多い。川田の場合にその辺がどうだったかはわからないが、一般に興味や関心が研究の大きな原動力になっているとはいえる。でも、自分の関心だけで研究や仕事を続けていかれるかというと、全然そうじゃない。あるとき、どうにも動かしようのない厳然たるものにぶつかるんだね。というより、ぶつかる人がいるといった方がいいな。そうすると、ぶつかるかぶつらかないかで、あるいはどうぶつかるかで、その人の仕事の質や内容が大きく変わってくるわけだ。川田には次のようなことがあった。
 彼は現地調査の間にいろいろな矛盾を抱えこみながら自分の仕事の意義を自分なりに納得しようとする。しかし、そのとき更に「もう一つの疑問が絶えず自分を絶望的な気持ちに追いやる」と語る。彼は調査した土地の歴史的伝承をその土地の古老と同じくらいよく知っており、その意味に関してならば長年の調査を通じて彼らの知らないことまで知っている。だが、彼らの歴史の知識がどれだけ限られたものであろうと、また川田が外側からどれだけ立派で「客観的な」構築物をもちこんでみせようと、
   
私は、かれらの限られた歴史が、かれら一人一人のかけがえのない運命の上にもっている重みを、ついにつかむことができないのではなかろうか。

と語る。更に、外側から仮説的に組み立てたものの内側から意味を感知しようとして、直接には関係のない細々とした日常行動の意味や言葉のニュアンスまで貪欲に知ろうとするのだが、
   
それは、所詮、無限に近似したものを手に入れようとする努力におわるのではないだろうか。第一、私が自分のそうした努力に絶望したりすること自体、たいそうな思いあがりなのではないだろうか。
と語る。これは、学者として以上に、一人の人間としてなされた全く率直な表白であり、すばらしい言葉だ。「かれらの限られた歴史が、かれら一人一人のかけがえのない運命の上にもっている重み」を感じ取ろうとしたとき、文明と未開との区別は雲散霧消する。「私が自分のそうした努力に絶望したりすること自体、たいそうな思いあがりなのではないだろうか」と反省するとき、学者としての川田は消え去り、彼はただ一人の人間として異境の人々の前に立つ。
                    英語論文講義 今野雅方著より

「英語論文講義」。もう10年ほども前、わたしが10代の頃に出会った受験書(駿台文庫)。英語の論文を読んで日本語で論文を書くという英語論文試験=いわゆる『東大や京大の後期型試験対策』の受験書なのだが(ちなみにわたしはそんなものを当然受けては居ないのだが、あるきっかけがあってこの本を読むこととなった)これがとんでもない良書なのである。非常に分かりやすい言葉で、「学ぶ」ということについて、「文章」について、「言葉」について、「宗教」「西欧近代」その他、高校生がいずれ大学において出会うであろうさまざまなものごとについて、「オジさん」が、若者に対するあふれんばかりの愛をこめた語り口で紹介していく。

 わたしは、考えるということ、学ぶということの基本骨子をこの本から学んだように思う。学ぶこととは、この雑多で広い世界の中で、自分の輪郭や居場所を知ることであり、自分の無力や小ささを知ることであり、世界中にあるさまざまな痛みや悲しみや喜びについて考え、自分のものであるかのように受け止めようとすることなのではないだろうか、と若いわたしは理解していたように思う。懐かしい。

この本についてはまた書くかもしれない。しかしこの超良書、とうの昔に絶版となっている。駿台め。
| なつき | 読書 | 18:17 | comments(5) | trackbacks(2) |
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引用文がすばらしかったので
Amazonでプレミア価格で買ってみたら
かなりの良書でした!
紹介して下さってありがとうございます。

問題解いてたら、自分の頭が
高校生の若者以下だということが判明しました笑
社会人だからこそ、勉強が必要なのかもしれませんね。
| ぱいん | 2007/02/04 10:42 PM |
今プレミア価格を確認して卒倒しそうになりました。うひゃあ。でもとにかく、気に入っていただけて何よりですし、それになんだかとても嬉しいです。わたしの中で、とても大きな意味を持つ本なので。

ぱいんさん、社会人なのにあの問題解かれただけでもすごいと思いますよー。わたしは最近は好きな部分をつまみ読みするだけなので……問題は全く解けない自信があります!!
| なつき | 2007/02/07 7:19 PM |
「高校生がいずれ大学において出会うであろうさまざまなものごとについて、「オジさん」が、若者に対するあふれんばかりの愛をこめた語り口で紹介していく」←確かに。言い換えれば、予備校講師が「オジさん」を気取って自分より若い者を相手に選んで、語っていく傲慢な語り口。そのような評も聞きますね。引用の箇所を読み直すと・・・ちょっと大袈裟な表現では?(名著も多い川田順造先生は優れた人類学者ですが)。そう思って、読み直してみたら、いかがでしょうか?いろんな意見あります。読者の文章のセンスも問われてしまう名著・・・
| ぽこぽん | 2008/08/22 1:57 PM |
この「オジさん」、今も活動をなさっています。
「学ぶこと」「書くこと」に興味があるようでしたら、のぞいてみて下さい。
http://globe-npo.org/
余計なお世話かと思いますが、どうぞ参考までに。

| 通りすがり | 2008/09/24 12:55 AM |
返信遅くてほんとすみません…。

>ぽこぽんさん
コメントありがとうございます。そうですね、わたしのコメント、いくらかのノスタルジーを含んでいることは否めないと思います(10代の頃この本について話したなぁ、などとぼんやり考えてしまう、とても思い出ある本なので)。ただ、若いわたしには、ぽこぽんさんの言う傲慢さは微塵も感じられませんでしたね。文章に含まれる傲慢さは、ページを開くとすぐに臭ってくるものですが…わたしの鼻は鈍かったのかしら?

今はちょっと体調を崩していて長い本は読めないので、元気になったらまた再読したいと思います。

>通りすがりさん
情報ありがとうございます! 今も活動なさってるとは、嬉しいです。
| なつき | 2008/10/22 12:32 PM |









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