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英語論文講義 雫畭紊瞭阿自体が歪んでいるのか
トモ子−−−ちょっとよろしいでしょうか。これまでのお話をうかがっていると、近代の動き全体がどこかで歪みをもっていたようにも思えるのですが。

オジさん−−−そう聞こえたか。それは登山中の人間の活動が程度の差はあれ、みんな歪みになるのかという質問と同じだね。歪みというならな確かに歪みといえないこともない。一つの道を歩むということは他の道が持つ可能性を捨てることであり、自分の歩む道から見るのだから視野も否応なく一面的になる。でも、谷崎のところで話題になったさまざまな素材と工法のなかに美が見い出されそれが一つの形態にまで磨き上げられるまでの過程を思い出してごらん。近代全体がそのような過程でもあったのだ。なるほど思想と現実とをあまりにも対立的に捉え、埋めがたい断絶を作ったという点で、近代の思想に歪みがあるとは言えるが、決してそれだけじゃない。例えば音楽や絵画のことを考えてごらん。現実社会との対立を標榜したがためにいまに至って世間から見向きもされなくなった一部の思想があるからというって近代全体を歪みと捉えることは、かえって我々自身を貧しくするだけだろうな。

トモ子−−−ティツィアーノやジャコメッティを念頭に置いてそうおっしゃるのでしょうか?

オジさん−−−それだけじゃない。はっきり言えば、西欧近代の全期を通じて、人間には一つの要請が生まれている。これは西欧近代が創り出したとか生み出したというのではない。明るみに出したというべきだ。西欧だけに存在するものじゃないんだからね。でも、現在の日本人は西欧のものから学ぶことが多い。それに、君たちは英語論文で受験する。だから、いまのように西欧に重点を置いた言い方になっているだけだ。
 この要請がどれだけの深さや豊饒さをたたえているか、それを実現するのにどれだけの年月と修練とが必要か、こんなことを知りたかったら、西欧のものでは、たとえば、リヒテルとシフという新旧二人のピアニストが弾いたバッハの「平均律クラヴィーア」を聞き比べてごらん。シフという人はとても端正な演奏をする人だが、二人の演奏には5年や10年では全く追いつけない修練との差が出ている。そんな修練と陶冶の後でなければ生まれない優しさもね。ラスキンの歪みは何物かを深く追い求めるものに一時的に生じる不可避な歪みだが、それは自己の中に生まれた要請を言葉を通じて明らかにすることがどれほど困難かを物語ってもいるのだな。
 結局、近代は何事をなすにも自分に還れという遺産を一つ我々に残してくれた。でも、その還るべき自分とはどんな自分だろう? この点で、近代の豊かな成果を知って還る場合とそうでない場合とでは、自分の理解にも日本の伝統の理解にも、大きな違いが出てくるだろう。

トモ子−−−そんなお話をうかがっていると、やっぱり、おじさんはずいぶん高く西欧の近代を評価なさっているように聞こえるのですが。

オジさん−−−それはもちろん非常に多くのものを学んだし、学ぶべきものが非常に多くあるのだから、当然さ。でも、だからといって日本のものや他の国のものを軽く見ているかというと、そうじゃない。もう、おじさんはお里帰りした人間でね、日本人だよ。そして、それを有難いことだと思っている。というところで、今日はおしまいにしよう。
                           英語論文講義 今野雅方著より
| なつき | 読書 | 18:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
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