julyjuly

日記だとか文学音楽に関してだとか創作物の断片だとかです。
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ユメ2
 こんな夢を見た。
 
 わたしは自転車に乗っていた。といっても運転しているわけではない。運転しているのはナオで、わたしは後ろからその肩に手をかけ、足を後輪の中心にある金具に乗せて立っていた。ときどきナオの首を絞める真似なんかをして「あぶねえ!」と怒られたりしながら、そんな感じで走っていた。

 ふと気づくとわたしはセーラー服、ナオは学生服を着ていて、それはわたしたちが出会った中学生の頃の装いそのままだ。しかし不思議にわたしはその時自分が高校生であるように思えた。実際そのようだった。それでいて35歳の今にもっている記憶もすべてある。

 ナオは中学三年から高校生にかけてのわたしの一番の男友達で、うっかりすると見とれてしまうくらい見事に整った顔だちをしていて、それは女子生徒の間に有力なファンクラブがあるくらいのものだった。それなのにナオは、とてもじゃないけど整っているとは言いがたい外見だという恐らくはそれなりに正確な自己認識を持つわたしをしげしげと見つめ、「おまえはほんとにかわいいな」とよく言った(わたしはそのたびに目もしくは脳のどこかが深刻にわるいんじゃないだろうかと少し心配した)。いつも一緒に笑い転げていた記憶はあるが当然のごとくその内容はほとんど覚えていない。旅行に行ってきたんだと言ってはお土産をくれた(だいたいが食べ物で美味しかった)。誕生日には大量の31アイスクリームをくれた(冷凍庫に入れるのに苦労した)。食べ物で釣れると思われていた感はある。

 すぐに、頭に浮かんだ「言わなくてはならないこと」を言う。
「わたし未来から来たの」
「へえ?」間抜けな声だ。
「ほんと」
「いつの?」吹き出したよこのひと。
「わたしたち35歳になってるころ」
「へえ」笑っている。

「じゃあさ、俺どこの大学にいくことになんの?」
「大学はねえ、ナオはA大、CはB大、I子は専門学校。Y子とKは高卒で働いて、わたしはC大」
「……」
「……」
「俺A大受けるつもりなのまだ言ってないよな」
「うん」
「まじか」
「うん」
 しばらくの沈黙。自転車はわたしたちに心地よい風を生み出しつつ同じ速度で走る。
「じゃあさ」
「うん?」
「35んなっても俺らやっぱりつるんで遊んでるわけ?」ナオはちょっと振り返りわたしに聞いた。目を細めているのは見慣れた仕草だ。
 わたしはそれには答えなかった。

 ナオ。大学を出てまもなく、わたしはある理由で君との関係を断ってしまうことになる。わたしは今35歳で、もうすぐ36歳になろうとしていて、君にはもう13年も会ってない。連絡先もわからない。ずいぶん前に、君が結婚してたことだけ耳にした。たぶん、似合いの綺麗な奥さんと幸せな家庭を築いてるんだろう。仕事は君ならなんだかんだ真面目にやってるだろうね。そういうところがかわいいってキャーキャー言われてたんだもんね。

 さあ最後のひと言だ。
「ナオは『君は大丈夫』って言われなくても全然大丈夫なひとだってわかってるけど、それでも言うけどナオがずっと大丈夫なのわたしは知ってんだよね、だからわたしが保証するけどナオはずっと大丈夫」
 言わなくてもいいと認識していることを回りくどく長々と。しかもそんなこと高校生の時のわたしだってわかってた。せっかく未来から来といて役立たずにも程度ってものがね。

ここでブラックアウト。時間切れ終了。
どうぞ現実へ。


   ***

夏目漱石「夢十夜」オマージュ第二弾。

なので別にこんな夢は見ておらず創作なのだけれど、ナオくんの設定はそれなりに現実に即している。「うっかりすると見とれてしまうくらい見事に整った顔のひと」に、「ほんとにかわいいな」などと言われるなどわたしの人生においてそれがおそらく唯一のケースであろうし、そう考えるとずいぶんとありがたい、貴重な体験をしたものである。南無南無。

いまわたしは、彼の目もしくは脳のどこかが当時と比べてより深刻にわるくなっていないことを少し祈っているものの、彼の幸せに関しては、わたしが祈っても祈らなくてもほとんど影響はないだろうと思っている。心配はしていない。
| なつき | 断片 | 18:39 | comments(1) | trackbacks(0) |
2008年さようなら。
2008年も終了です。年越しそばも食べたし、刺身も寿司も食べたし、掃除もしたしお節も作ったし年賀状もちょっとだけ書いたし、今実家のテレビでは紅白が流れています。ほんと、皆、生であんなに歌うのってすごいなあと思う。関係ないけど。そんな感じで、2008年さようなら。

   ***

ちなみに、個人的に今年一番印象に残っている記事は
http://julyjuly.jugem.jp/?eid=285
です。「ユメ」という記事です。それなりに上手く書けた気がする。

   ***

今年一番印象に残っている俳優さんは、ベタですがヒースレジャー、のジョーカーでした。すごいキュートでクレイジー。

   ***

こんな感じで「今年一番」を挙げていこうかと思ったけど特にこれ以上浮かばないのでやめておきます。

   ***

締めの言葉。今年も一年、こんな文を見てくださってありがとうございました。なんだか、皆さんがこんなものを見てくださるのが未だに信じられないのですが(ほんとに)嬉しいです。
来年はもっとたくさん書きたいと思います。今年あまり書けなかったので。

   ***

2009年がみなさまにとって良い一年になりますように。

なつき
| なつき | 雑記 | 22:28 | comments(2) | trackbacks(0) |
reading or die
思い立って青山ブックセンターへ行く。久しぶりに立ち入ったそこには欲しい本がありすぎてくらくらした。うわあ。本屋だ本屋だ。しかも素敵本屋だ。一人こっそり狂喜乱舞。

新しく出ていた「柴田元幸ハイブ・リット」ではオースターの、「村上春樹ハイブ・リット」ではティム・オブライエンの朗読が聴けるんだって。オブライエンのベトナム戦争体験モノを愛してやまないわたしとしては気になって仕方がない。村上春樹の英語朗読が聴ければもっと面白かったけれど。

村上春樹といえばわたしが大学一年生のときにサプライズで柴田元幸の授業に現れたことがあって、その授業とっていればと後悔したもの。一度生声を聞いてみたかった。写真公開されているけれどほんとは架空の存在なんじゃないかって時々思うもの。できれば架空の存在じゃないほうがいい。特に「海辺のカフカ」、内容はともあれ、文章そのものの練られ方、美しさが尋常じゃないもの。できれば実在していて欲しい。

id:boy_smithさんに薦めてもらった蜂飼耳はすごくいい。「真夜中vol.2」に載っている詩、ことばがつるつるぐるぐるざらざらどくどく喉を降りていく。興奮してページをめくる。この真夜中という雑誌自体、とても良い。人選が良すぎる。

ほかにも無事100歳を迎えられたレヴィー翁(はじめて接したときに「レヴィー」と表記されていたのでわたしの中では「レヴィ」ではなく「レヴィー」なのです)やらバルトやら谷川やらジャック・ロンドンやらフーコーやらなんやらぱらぱらめくって(めくるだけ)ああ本っていいないいなと思うけれど欲しい本はほとんどハードカバーで場所もとるわお金もかかるわで大変購入を躊躇してしまう。

このところなまりきったこの頭を少しは動かせるような、しかし久しぶりの読書に適した読みにくくない平易な本、しかもどうしても「文庫本」を一冊欲しかったので、悩んだ末に竹内薫・竹内さなみ「シュレディンガーの哲学する猫」を購入。正直、猫だから、ですね。誰にでもわかる哲学紹介本、のようですね。

マックでコーラを啜りながらぼんやり考え事をし、表参道をちょっとぶらぶらして帰宅。

reading or die、もちろんそんなことはなくてぼんやりしていても毎日は過ぎていく。

追記:("death"じゃないんです。)

JUGEMテーマ:読書
| なつき | 読書 | 20:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
下着にコート羽織って濡れた髪のままとびだして行きたい一直線あなたのもとへ
牛乳にインスタントコーヒー入れて飲んだ。
おなかがいっぱい。
久しぶりに青山ブックセンターにでも行くか。
毎日人生を食いつぶして生きている。
もう31歳。
何もない。
シンプル。
簡単である。
何もないのだ。
まっしろ。
もっとうまく行けるかなあとは思ってた。
今はこんなところにいる。
色々なところをあるいてきたけれど。
靴は案外汚れていないのだ。
お気に入りのハイヒール。
気分は意外と悪くない。
人生の耐えられる軽さ。
人生の耐えられない重さ。
どちらを選ぶ?
わたしはなにも。
選んでいません。

   ***

そのあとはみんな、幸せに暮らしました。終わり。

JUGEMテーマ:日記・一般
| なつき | 雑記 | 12:42 | comments(2) | trackbacks(0) |
メモ
■フェルメール展の感想を書く。
■太宰回顧展の感想を書く。

JUGEMテーマ:日記・一般
| なつき | 雑記 | 13:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
ロラン・バルト/恋愛のディスクール
引用。
抑圧。わたしは、分析し、知り、自分のものでない別の言語で表現したい。われとわが錯乱を描きだしたい。この身を分断し、切断しているものを、「正面からみすえたい」と思うのだ。「汝の狂気を理解せよ」、それが、分割された(たまごのように、ななかまどの実のように)アンドロギュノスの眼を当の分割点(腹)へ向けさせよう、「そうした分割のさまを見つけることで、彼らの傲慢をたわめよう」としたゼウスが、アポロンを通じて与えたという命令なのである。理解するとは、イメージを引き裂くこと、尊大な誤解の器官たるわたしを解体すること、ではないか。

Bへ。わたしはこの「われと我が錯乱」、を、なんとかして暗闇から引きずり出したい。太陽の下に晒して、仔細に観察してみたい。あなたのまえで。

言語とは肌なのだ。わたしはおのれの言語をあの人にすりつける。指のかわりに語を持つというか、語の先に指を持つというか。わたしの言語は欲望に打ち震えている。この動揺は、ある二重の接触から来ているのだ。一方では、ディスクール活動の全体が、慎重かつ間接的に、「わたしはあなたを欲している」というたったひとつの意味内容をとり上げ、解き放ち、これを涵養して繁茂させ、爆発させている(言語活動がわれとわが肉体に触れて楽しんでいる)。もう一方でわたしは、わたしの語の中にあの人をくるみ込んでいる。あの人を愛撫し、あの人に触れ、そうした接触を保ちつづけ、二人の関係に加える注釈を持続させようとして消耗しているのである。

そう言葉とは肌であり指なのだ。外界とわたしとあなたを隔てる唯一の布。なんと直接的になんとエロティックなのだろう、言葉とは。

JUGEMテーマ:読書
| なつき | 読書 | 09:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
アンドリュー・ワイエス「創造への道程(みち)」@Bunkamura
アンドリュー・ワイエスの美術展に行く。ハンマースホイ展に続き、これもまた非常に良かった。最近の美術展は当たりばっかりだ。これでフェルメール展を空いているときに見られれば文句無いんだけれども。

紹介サイトに、『多くの場合、ワイエスは鉛筆やペンなどで素描を描き、そして次に水彩を描きます。さらにドライブラッシュ(水気をしぼった筆で描く水彩画の技法)でより詳細に描き、最後にテンペラに取りかかります。』とあるが、この展では、その過程(ある作品について、鉛筆→水彩→テンペラ、とワイエスがひとつのモチーフについて仕上げていく様子)を見ることができる。これは非常に貴重な体験であった。へえ、こんな風に対象物を見つめて、鉛筆で描いて、水彩で捉えて、テンペラとして完成させていくのね、と、非常に面白かった。

作品は全体的に暗い茶系の色(好きな色なのだろうか)で統一されているが、露骨に感情を表に出すことはない。ただ、暗い色彩で描かれる対象物の奥に、ストーリーが隠されている。

10点ほど展示されていたテンペラ作品では、細部を見つめつくすことによって対象の本質を見抜こうとする力を強く感じた。そうだ細部に本質が宿るのだ、忘れてはいけない。細部、細部。

しかし完成形であるはずのテンペラよりも圧巻であったのが水彩であった。テンペラよりもずっと即興的である水彩において見られる、素晴らしい色彩感覚というか筆先感覚というか、どうしてこんなにも「すばやく」「やりなおしのきかない状況で」「的確に」優れたものを生み出すことができるのだろうと感嘆することしきりであった。その即興的な状況を楽しんでいるさまはまるでモオツアルトである(小林秀雄風)。

特に気に入ったのは「幻影(テンペラ)」と「野に置かれた義手(ドライブラッシュ・水彩)」のふたつだ。

(※ここhttp://journal.mycom.co.jp/news/2008/11/10/043/index.htmlで「幻影」の習作(水彩)とテンペラを見ることができます。)

「幻影」は鏡に映った自分を描いた作品。「野に置かれた義手」は、倒れた木の上に義手が置かれており、その向こう、義手の持ち主である黒人が描かれているもの。「幻影」は「白」が非常に美しくまさに「幻想」的な作品で、自らを描いていると思えないほど客観的な表現が印象的なものだ。「野に置かれた義手」は、片腕の黒人が仕事中に休憩をとっているのだろうか、その切り取り方(画面に置かれた緑色までも)が非常に優しい作品だ。

最後に、近影がちょう渋くてかっこいいと思った。どうでもいいけど。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/08_wyeth/andrew.html
| なつき | 美術 | 01:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
穂村弘とスタバという組み合わせの妙。
穂村弘氏に自作の短歌を見てもらえるというスタバの企画http://www.starbucks.co.jp/novel/index.htmlを発見したが、応募締め切りが12月8日であった。あと一時間無いよ。無理ぽ。

あと、穂村氏の写真がなかなか写りの良いものになっているのが気になった。

ちなみに、過去に穂村弘について言及した記事は以下。ほかにもあるかな。
http://julyjuly.jugem.jp/?eid=36
http://julyjuly.jugem.jp/?eid=131

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追記:今はダ・ヴィンチの連載で短歌を募集してるみたいですね。あんなオサレぽい雑誌ドキドキして買えないのでよく知らないですけど。嘘ですオサレくさいけどたまに少し読みます(立ち読み)。
| なつき | 雑記 | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
ユメ
こんな夢を見た。

   ***

わたしは死のうとしていた。

愛した男に裏切られた。ただそれだけのことだった。しかもそれも尤もな話で、最初からうまくいく筈はなかったのだ。わたしが求めたのは恋愛ではなく癒着だった、病的ともいえる程の。そしてその欲求は恐怖から生じていた。人生に対する恐怖だ。これで、これでなんとか生きていける、そんな思いを無意識のうちに相手に背負わせてしまっていた。うまくいく筈は無い。

わたしは死のうとしていた。美しい死に方はないかとしばし思案し、やはり入水することにした。泳げないわたしには丁度いい。手ごろな川が近所にあった。流れが速く、すぐ海に出る。

ある美しい月夜だった。わたしはそうっと川に入った。冷たさが身体を刺した。11月の水はやはり冷たいのだな、と思われた。また件の男が、わたしの頬に手をやりながら、おまえの顔は天使みたいだ、と言ったことも思い出された。しかし発見されるわたしの顔はそれとは程遠くなっているだろう。

仰向けに浮かび目を閉じた。件の男は悲しみもしないだろう。新しい女を抱きながら、厄介払いができたことを喜びはしても。もはや口惜しさも嫉妬も無かった。ただ、水になってしまいたかった。

そのままどれだけ時間がたっただろうか。ざわざわと騒ぐ声で目を開けた。川岸に人が集まっているのが見えた。周りは既にほの明るく、そしてわたしは生きていた。丁度潮の関係で流れの無い日だったのだ。

あんた大丈夫かい、と一人の男が大声で呼びかけてきた。「酔いを醒ましていたのです」と答えて川からあがり、川岸の道を歩き始めた。五里も歩いて、日常に戻った。

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あの、フィクションですよ、一応書いとくと。

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| なつき | 断片 | 07:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
うみがめがラヴい。
「かめで言うとやっぱ陸がめより海がめだよねー」の名言を残したことで局所的に有名なわたくしでございます。いやあらゆるいきもののなかでもかなりラヴ偏差値高いですよ海がめは。このいかにも歩きにくそうな、でも泳ぐのに適していますな手足とか、目つきとか、甲羅とか、広い水槽や海のなかをふわーりゆったりと泳いでる様なんてもう素晴らしいの一言です。海がめを狭い水槽の中に押し込めてるやつは死ねばいい。

というわけではてなスターをピンクの海がめのアイコンに変更しました。星よりも1000倍くらい萌えます。

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| なつき | 雑記 | 04:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
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